2008年04月10日更新
<小さな巨人>白血病治療の新薬開発に成功
湿布剤など外用薬を中心とする医薬品メーカー
大手メーカーも二の足を踏む
白血病治療の新薬開発に成功
東京都足立区発 東光薬品工業
【プロフィール】
小林洋一社長
1970年8月東京都生まれ、城西大学大学院修了。薬剤師・薬学博士。99年、東光薬品工業専務取締役就任。02年より現職。関連会社4社の代表取締役を兼任。趣味はドライブとゴルフ。
大手メーカーも二の足を踏む
白血病治療の新薬開発に成功
東京都足立区発 東光薬品工業
【プロフィール】小林洋一社長
1970年8月東京都生まれ、城西大学大学院修了。薬剤師・薬学博士。99年、東光薬品工業専務取締役就任。02年より現職。関連会社4社の代表取締役を兼任。趣味はドライブとゴルフ。
新薬開発を望む患者は1000人未満
一般に新薬の開発には最低でも数十億円が必要で、数百億円のコストを要することもざらにある。時間もかかる。少なくとも10年以上の開発期間を見込まなければ、国の承認を
得るところまでこぎつけない。
このため、国内で誕生する画期的な新薬(ピカ新)は、年に数例といった程度だ。大手製薬会社でさえもおいそれと創出できないなかで、東光薬品工業(東京都足立区)は年間売上高が45億円で従業員が241人の事業規模ながらも、新薬の開発・販売に成功した。
薬剤は「新規合成レチノイド」で、白血病治療薬だ。レチノイドとは、ビタミンAと同じ薬理活性を持つ化合物の総称であり、1984年に東京大学薬学部の首藤紘一教授が合成に成功し、白血病の中でも特に急性前骨髄球性白血病の治療に効果があることが報告された。しかし、急性前骨髄球性白血病の国内患者数は年に400~700人と少なく、大手製薬会社は市場規模が小さいことから新薬開発に二の足を踏んでいた。

(左)98年より開発に着手、7年後の05年に新薬の承認を得た白血病治療薬。白血病治療薬として1錠約4000円という薬価で販売されている。(右)東光薬品工業がもともと得意としているのは、湿布薬などの外用薬。大手製薬メーカー向けの製品製造のほか、自社ブランド製品も作っている。
いくつもの壁を越え先代からの夢を実現
しかも、東光薬品工業は湿布剤などの外用薬を中心に手がけ、白血病の治療薬はいわば専門外の分野だ。なぜ、新規合成レチノイドの開発に踏み切ったのか。小林洋一社長が経緯を語る。
「実は、当社も開発に挑むべきかどうか、ためらっていました。背中を押してくれたのは、新規合成レチノイドは尋常性乾癬(かんせん)という皮膚病の治療にも効果が期待できるという情報でした。外用薬を得意とする当社にとって、白血病ばかりでなく皮膚病の治療にも役立てることができるのはまさに朗報です。商品化に向けて挑戦しようと決断しました」
さらに、この化合物は、多発性骨髄腫や肝臓がんの治療薬まで用途が広がる可能性があることが分かった。
開発には大規模な臨床試験が必要だが、白血病の用途であれば希少疾病用医薬品に指定され、厚生労働省(旧厚生省)からある程度の助成金の給付や優先審査が受けられる見込みもあった。また、当時、同社ではインドメタシンという消炎鎮痛剤を配合したハップ剤がヒットして資金的な余裕も多少あったため、新薬開発に踏み切った。
「内服薬の新薬開発は初めてでしたが、競争の少ない狭い市場だからこそ、当社のような小さな会社も参入できると思いました。加えて、人の命を助ける新薬を手がけることは、当社が先代社長の頃から持ち続けてきた夢でした」(小林社長)
夢の実現に向けて追い風も吹いた。当時、臨床試験を代行する外部機関が誕生して新薬開発の環境がよくなっていたうえに、大学の研究者が開発を協力してくれた。
事業可能性の拡大につながることも新薬開発の大きな動機付けになったと小林社長は強調する。「当社の製品は100%が国内市場向けでしたが、新薬開発を機に海外市場にも打って出ようという思惑もありました」
しかし、新規合成レチノイドが誕生するまでの道のりは決して平坦ではなく、いくつも関門を突破しなければならなかった。まず、患者数が少ない分、臨床試験に応じてくれる被験者を集めるのにひと苦労した。白血病は先行の治療薬で90%の患者がいったん治癒するが、その多くは再発するのが実情だった。再発した際に前回と同じ治療薬を投与してもあまり効果はないが、新規合成レチノイドを投与すれば約60%が治癒するとされる。
この効果を実証する臨床試験を行なうためには、再発した患者の協力を仰がねばならないが、いかんせん患者数が少なすぎた。臨床試験は思うように運ばず、結果的に当初計画より1年間の期間延長を余儀なくされた。その間のコスト増は想定以上で、小林社長は資金調達のため金融機関に協力を仰いだ。
また、厚生労働省から医薬品としての承認を得るには、申請前に安定的に製造できる設備を所有しなければならない。すなわち、製造設備を確保してからでなければ、承認審査を受けることができないのである。承認前に製造設備を完成させたが審査に合格したのは、設備が完成してから1年後になってしまった。
「資金は出て行くばかりで、新規製造設備から得られる収入は1円もない状態が続きました」と小林社長は苦笑する。結果的に新薬開発には合計で数十億円を投じた。

95年4月に竣工した釧路工場(北海道釧路市)。工場内では最新鋭の空調設備のなか、新規合成レチノイドによる新薬が作られている。
ライセンス供与で事業展開を迅速化
新薬開発に着手してから8年2カ月が経過した05年6月13日。待望の新薬「新規合成レチノイド」が発売された。現在は投資資金の回収段階だが、販売は順調だ。白血病の医薬品として1錠約4000円という薬価が認められ、1日5錠を8週間服用した場合、患者1人当たり112万円となる。新規合成レチノイドは将来、化粧品など様々な分野に応用できる可能性があるが、東光薬品工業はあまり手を広げず、白血病と皮膚病に特化することにした。
ほかの用途の薬の開発・海外販売ライセンスは創薬ベンチャー企業のテムリック(東京都港区)、アールアンドアール(東京都千代田区)に供与している。テムリックは、ゼリア新薬工業(東京都中央区)に肝臓がん治療薬の共同開発および製造・販売権の供与を行なったほか、米国のバイオベンチャーに北米およびヨーロッパにおける白血病治療薬の開発・販売権の供与を行なった。
「1社で展開していくのは限度があるし、どうしても事業スピードが遅くなります。そこで、若い会社の力を借りて、この可能性豊かな化合物の展開をしてもらおうと思いました。当然、当社にも契約金やライセンス料などの収入があり、投資資金の回収に役立っています」(小林社長)
中小製薬会社の新薬(ピカ新)開発は国内でほとんど例がなく、新規合成レチノイドは各方面から高く評価され、東光薬品工業は06年度には日本薬学会創薬科学賞および井上春成賞を授賞、また07年10月には東京商工会議所主催の第5回「勇気ある経営大賞」のグランプリに輝いた。
「小さな製薬会社が、国際的な新薬を開発できたことを誇りに思います。できるなら、これからも社会貢献できる新薬開発に挑戦し続けていきたいですね」こう語る小林社長の表情には、中小企業でも人の命を救える薬の開発に成功できたという自負心と安堵感がにじんでいた。
【会社クレジット】
東光薬品工業
所在地:〒123-0864 東京都足立区鹿浜1-9-14
TEL:03-3896-7471
設立:1974年5月
資本金:8000万円
売上高:45億5000万円(07年9月期)
従業員数:241人
事業内容:医薬品の開発・製造・販売
URL:http://www.medicine.co.jp/
一般に新薬の開発には最低でも数十億円が必要で、数百億円のコストを要することもざらにある。時間もかかる。少なくとも10年以上の開発期間を見込まなければ、国の承認を
得るところまでこぎつけない。
このため、国内で誕生する画期的な新薬(ピカ新)は、年に数例といった程度だ。大手製薬会社でさえもおいそれと創出できないなかで、東光薬品工業(東京都足立区)は年間売上高が45億円で従業員が241人の事業規模ながらも、新薬の開発・販売に成功した。
薬剤は「新規合成レチノイド」で、白血病治療薬だ。レチノイドとは、ビタミンAと同じ薬理活性を持つ化合物の総称であり、1984年に東京大学薬学部の首藤紘一教授が合成に成功し、白血病の中でも特に急性前骨髄球性白血病の治療に効果があることが報告された。しかし、急性前骨髄球性白血病の国内患者数は年に400~700人と少なく、大手製薬会社は市場規模が小さいことから新薬開発に二の足を踏んでいた。

いくつもの壁を越え先代からの夢を実現
しかも、東光薬品工業は湿布剤などの外用薬を中心に手がけ、白血病の治療薬はいわば専門外の分野だ。なぜ、新規合成レチノイドの開発に踏み切ったのか。小林洋一社長が経緯を語る。
「実は、当社も開発に挑むべきかどうか、ためらっていました。背中を押してくれたのは、新規合成レチノイドは尋常性乾癬(かんせん)という皮膚病の治療にも効果が期待できるという情報でした。外用薬を得意とする当社にとって、白血病ばかりでなく皮膚病の治療にも役立てることができるのはまさに朗報です。商品化に向けて挑戦しようと決断しました」
さらに、この化合物は、多発性骨髄腫や肝臓がんの治療薬まで用途が広がる可能性があることが分かった。
開発には大規模な臨床試験が必要だが、白血病の用途であれば希少疾病用医薬品に指定され、厚生労働省(旧厚生省)からある程度の助成金の給付や優先審査が受けられる見込みもあった。また、当時、同社ではインドメタシンという消炎鎮痛剤を配合したハップ剤がヒットして資金的な余裕も多少あったため、新薬開発に踏み切った。
「内服薬の新薬開発は初めてでしたが、競争の少ない狭い市場だからこそ、当社のような小さな会社も参入できると思いました。加えて、人の命を助ける新薬を手がけることは、当社が先代社長の頃から持ち続けてきた夢でした」(小林社長)
夢の実現に向けて追い風も吹いた。当時、臨床試験を代行する外部機関が誕生して新薬開発の環境がよくなっていたうえに、大学の研究者が開発を協力してくれた。
事業可能性の拡大につながることも新薬開発の大きな動機付けになったと小林社長は強調する。「当社の製品は100%が国内市場向けでしたが、新薬開発を機に海外市場にも打って出ようという思惑もありました」
しかし、新規合成レチノイドが誕生するまでの道のりは決して平坦ではなく、いくつも関門を突破しなければならなかった。まず、患者数が少ない分、臨床試験に応じてくれる被験者を集めるのにひと苦労した。白血病は先行の治療薬で90%の患者がいったん治癒するが、その多くは再発するのが実情だった。再発した際に前回と同じ治療薬を投与してもあまり効果はないが、新規合成レチノイドを投与すれば約60%が治癒するとされる。
この効果を実証する臨床試験を行なうためには、再発した患者の協力を仰がねばならないが、いかんせん患者数が少なすぎた。臨床試験は思うように運ばず、結果的に当初計画より1年間の期間延長を余儀なくされた。その間のコスト増は想定以上で、小林社長は資金調達のため金融機関に協力を仰いだ。
また、厚生労働省から医薬品としての承認を得るには、申請前に安定的に製造できる設備を所有しなければならない。すなわち、製造設備を確保してからでなければ、承認審査を受けることができないのである。承認前に製造設備を完成させたが審査に合格したのは、設備が完成してから1年後になってしまった。
「資金は出て行くばかりで、新規製造設備から得られる収入は1円もない状態が続きました」と小林社長は苦笑する。結果的に新薬開発には合計で数十億円を投じた。

ライセンス供与で事業展開を迅速化
新薬開発に着手してから8年2カ月が経過した05年6月13日。待望の新薬「新規合成レチノイド」が発売された。現在は投資資金の回収段階だが、販売は順調だ。白血病の医薬品として1錠約4000円という薬価が認められ、1日5錠を8週間服用した場合、患者1人当たり112万円となる。新規合成レチノイドは将来、化粧品など様々な分野に応用できる可能性があるが、東光薬品工業はあまり手を広げず、白血病と皮膚病に特化することにした。
ほかの用途の薬の開発・海外販売ライセンスは創薬ベンチャー企業のテムリック(東京都港区)、アールアンドアール(東京都千代田区)に供与している。テムリックは、ゼリア新薬工業(東京都中央区)に肝臓がん治療薬の共同開発および製造・販売権の供与を行なったほか、米国のバイオベンチャーに北米およびヨーロッパにおける白血病治療薬の開発・販売権の供与を行なった。
「1社で展開していくのは限度があるし、どうしても事業スピードが遅くなります。そこで、若い会社の力を借りて、この可能性豊かな化合物の展開をしてもらおうと思いました。当然、当社にも契約金やライセンス料などの収入があり、投資資金の回収に役立っています」(小林社長)
中小製薬会社の新薬(ピカ新)開発は国内でほとんど例がなく、新規合成レチノイドは各方面から高く評価され、東光薬品工業は06年度には日本薬学会創薬科学賞および井上春成賞を授賞、また07年10月には東京商工会議所主催の第5回「勇気ある経営大賞」のグランプリに輝いた。
「小さな製薬会社が、国際的な新薬を開発できたことを誇りに思います。できるなら、これからも社会貢献できる新薬開発に挑戦し続けていきたいですね」こう語る小林社長の表情には、中小企業でも人の命を救える薬の開発に成功できたという自負心と安堵感がにじんでいた。
【会社クレジット】
東光薬品工業
所在地:〒123-0864 東京都足立区鹿浜1-9-14
TEL:03-3896-7471
設立:1974年5月
資本金:8000万円
売上高:45億5000万円(07年9月期)
従業員数:241人
事業内容:医薬品の開発・製造・販売
URL:http://www.medicine.co.jp/



