2008年03月27日更新
<上場ベンチャー 成長の秘密>シベール
フランスパンから作る洋菓子のラスクを
通信販売で地方発の全国的ヒット商品に
熊谷眞一社長
1941年山形県西村山郡大江町生まれ。66年山形市に洋菓子店シベールをオープン。創業・ベンチャー国民フォーラム地域振興賞、ふるさと企業大賞(総務大臣賞)、山形県産業賞などを受賞。
通信販売で地方発の全国的ヒット商品に
熊谷眞一社長1941年山形県西村山郡大江町生まれ。66年山形市に洋菓子店シベールをオープン。創業・ベンチャー国民フォーラム地域振興賞、ふるさと企業大賞(総務大臣賞)、山形県産業賞などを受賞。
洋菓子とパンを製造販売するシベールは、山形県や宮城県を中心に店舗展開も手がけている。特に高級フランスパンを薄く切って甘く味付けした洋菓子のラスクが成長の原動力となった。この地元で評判の味が、通信販売によって全国規模で人気を広めている。
有名人もお墨付き全国で54万所帯が根強いファンになる
全国各地の名産品を通信販売で購入する「お取り寄せグルメ」がブームである。インターネットの普及拡大に加えて、宅配便など物流網の整備が進んだこともあるが、全国の消費者が“地方の味”に大きな関心を寄せている証しだ。
シベールの「ラスクフランス」は、この時流に乗って全国規模で販売が拡大し、売り上げを伸ばしている。味がいいのはもちろん、シベールが成長した大きな要因は何度も注文してくれる固定客をつかんでいる点にある。購入客は、独特のおいしさがやみつきになり、繰り返し注文するようになる。現在、ラスクフランスは誰もが知っている有名人をはじめ、全国で54万世帯に及ぶ根強いファンがいる。
シベールは、まず地元で売れているという実績と話題を作ってから、“ご当地グルメ”として全国へ発信する構想を描いた。このため、地元・山形にある対面販売の店を強化、整備していった。その店舗販売と、通信販売を主体とした無店舗販売の事業は、「シベールにとってクルマの両輪です」と熊谷眞一社長(66)は語る。
1994年に通信販売を始めた当初は、会社全体の売り上げ6億円のうちラスクは900万円にすぎなかった。ところが、翌年には前年の5倍以上の5000万円の売り上げを記録し、熊谷社長は確かな感触をつかんだ。〝ラスク効果.で業績は順調に伸び、05年7月にジャスダック上場を果たした。今では、ラスクの売り上げは25億円弱で、総売上高の56%を占めている。

ラスクの味は7種類。写真は「ラスクフランス(プレーン)」。大缶48袋入り(96枚)3360円。ほかに小缶28袋入り(56枚)2000円や化粧袋入りなどもある。
もともと素朴な菓子を贈答用に使える高級商品に育て上げる
シベールの原点は、熊谷社長が25歳の時に始めた洋菓子店である。70年に会社組織化。77年には洋菓子のほかにパンの販売も開始した。株式会社に転換した81年にはレストランも開業し、82年には仙台市に支店を出した。その後、地元・山形市を中心に毎年のように新規出店し店舗網を広げていった。しかし、店舗展開ばかりでは出店費用がかさみ、成長スピードに限りがある。そこで熊谷社長が販路拡大のために狙いをつけたのが、通信販売だった。
蔵王を仰ぎ見るレストランもある店舗「ファクトリーメゾン」。敷地内には、ラスクを作っている「麦工房」などもある。
食品を通信販売で取り扱うには、「せんべい」のように日持ちすることが大きなポイントとなる。パンを始めてすぐに売れ残った高級フランスパンを利用しておやつ商品のラスクを作ったところ、人気がじわじわと出ていった。「これならば、日持ちがして、おいしく食べられる」。熊谷社長はラスクを通信販売商品にすることに決めた。
フランスパンを薄切りして、バターを塗り砂糖をかけて二度焼きしたラスクは、もともと素朴な食べ物で、贈答に用いられることはまれだった。そこに熊谷社長は着目した。「ラスクを贈答品として売り出したのは、世界で初めてだったと思います」(熊谷社長)
このラスクを広めるにあたり、熊谷社長は異業種交流会などで入手した名刺600枚の中から、100人の経営者にラスクのサンプルと注文書を送った。その多くの人から注文が入り、思わぬ反響に驚いた。
96年には、「ものづくりの原点」という意味のノートルメチエ研究所を設立し、ラスクの本格的な量産体制の研究を始動した。従来は、職人の経験と勘に頼っていたフランスパンの作り方を科学的に分析し、数値化に取り掛かったのだ。
フランスパンの品質の変化を、季節ごとの温度や湿度などの観点から分析し、四季を通じて高品質でおいしく作るためのデータを蓄積した。「フランスパンの微妙な加減を数値化するなんて、当社くらいでしょう」と熊谷社長は笑う。
高品質を維持しながら大量生産を可能とする“集団の名人化”
99年11月には、全国からの旺盛な需要に対応するため、ラスク専用の生産ライン「麦工房」を移転・増設し、増産体制を整えた。熊谷社長が目指したのは、製造担当者の全員が名人になっていく“集団の名人化”だ。大量生産の技術は、実際に作りながら磨き上げることが重要。生産すればするほど、品質も作業効率も高まっていった。
商品カタログ。これを顧客へ季節ごとに送り、「送料無料キャンペーンなどで販売力の持続に努めている写真は、「2007冬」用。
「ラスクの販売量は日本一という評価もいただいています」と熊谷社長が言う通り、今ではピーク時になると、1日にフランスパン2万本分のラスクを焼くという。このような大規模生産に移行しながらも、“集団の名人化”によって手作り感が失われていない。
シベールを全国区の企業に押し上げたのは、本業であったケーキでもパンでもなくラスクだった。「ラスクの無店舗事業を始めなかったら、平凡な地方企業のままだったかもしれない」と熊谷社長は振り返る。一方で、「ラスクの売り上げに多くを頼り過ぎている」とも。今後は、ラスクだけでなく、人気10商品の売り上げを全売り上げの10%台とするのが目標だ。そのためには、ラスク以外にも全国区となる新しいヒット商品を生み出さなければならない。
上場後は、宮城県に洋菓子工場、大型売店、そば処などがある「シベール・ハーツランド」を開業、東京や大阪、富山、名古屋にも店舗を出した。洋菓子で全国的に認められる存在になりたいという熊谷社長の初心は、上場した今も変わらない。
【会社クレジット】
社 名シベール
所在地 山形県山形市蔵王松ケ丘2‐1‐3
電 話 023-689-1131
創 業 1966年10月
設 立 1970年10月
資本金 4億8835万円
事業内容 洋菓子の製造・販売、レストラン運営など
社員数 233人
売上高 44億2700万円(07年8月期)
文・斎宮真紀夫
全国各地の名産品を通信販売で購入する「お取り寄せグルメ」がブームである。インターネットの普及拡大に加えて、宅配便など物流網の整備が進んだこともあるが、全国の消費者が“地方の味”に大きな関心を寄せている証しだ。
シベールの「ラスクフランス」は、この時流に乗って全国規模で販売が拡大し、売り上げを伸ばしている。味がいいのはもちろん、シベールが成長した大きな要因は何度も注文してくれる固定客をつかんでいる点にある。購入客は、独特のおいしさがやみつきになり、繰り返し注文するようになる。現在、ラスクフランスは誰もが知っている有名人をはじめ、全国で54万世帯に及ぶ根強いファンがいる。
シベールは、まず地元で売れているという実績と話題を作ってから、“ご当地グルメ”として全国へ発信する構想を描いた。このため、地元・山形にある対面販売の店を強化、整備していった。その店舗販売と、通信販売を主体とした無店舗販売の事業は、「シベールにとってクルマの両輪です」と熊谷眞一社長(66)は語る。
1994年に通信販売を始めた当初は、会社全体の売り上げ6億円のうちラスクは900万円にすぎなかった。ところが、翌年には前年の5倍以上の5000万円の売り上げを記録し、熊谷社長は確かな感触をつかんだ。〝ラスク効果.で業績は順調に伸び、05年7月にジャスダック上場を果たした。今では、ラスクの売り上げは25億円弱で、総売上高の56%を占めている。

もともと素朴な菓子を贈答用に使える高級商品に育て上げる
シベールの原点は、熊谷社長が25歳の時に始めた洋菓子店である。70年に会社組織化。77年には洋菓子のほかにパンの販売も開始した。株式会社に転換した81年にはレストランも開業し、82年には仙台市に支店を出した。その後、地元・山形市を中心に毎年のように新規出店し店舗網を広げていった。しかし、店舗展開ばかりでは出店費用がかさみ、成長スピードに限りがある。そこで熊谷社長が販路拡大のために狙いをつけたのが、通信販売だった。
蔵王を仰ぎ見るレストランもある店舗「ファクトリーメゾン」。敷地内には、ラスクを作っている「麦工房」などもある。食品を通信販売で取り扱うには、「せんべい」のように日持ちすることが大きなポイントとなる。パンを始めてすぐに売れ残った高級フランスパンを利用しておやつ商品のラスクを作ったところ、人気がじわじわと出ていった。「これならば、日持ちがして、おいしく食べられる」。熊谷社長はラスクを通信販売商品にすることに決めた。
フランスパンを薄切りして、バターを塗り砂糖をかけて二度焼きしたラスクは、もともと素朴な食べ物で、贈答に用いられることはまれだった。そこに熊谷社長は着目した。「ラスクを贈答品として売り出したのは、世界で初めてだったと思います」(熊谷社長)
このラスクを広めるにあたり、熊谷社長は異業種交流会などで入手した名刺600枚の中から、100人の経営者にラスクのサンプルと注文書を送った。その多くの人から注文が入り、思わぬ反響に驚いた。
96年には、「ものづくりの原点」という意味のノートルメチエ研究所を設立し、ラスクの本格的な量産体制の研究を始動した。従来は、職人の経験と勘に頼っていたフランスパンの作り方を科学的に分析し、数値化に取り掛かったのだ。
フランスパンの品質の変化を、季節ごとの温度や湿度などの観点から分析し、四季を通じて高品質でおいしく作るためのデータを蓄積した。「フランスパンの微妙な加減を数値化するなんて、当社くらいでしょう」と熊谷社長は笑う。
高品質を維持しながら大量生産を可能とする“集団の名人化”
99年11月には、全国からの旺盛な需要に対応するため、ラスク専用の生産ライン「麦工房」を移転・増設し、増産体制を整えた。熊谷社長が目指したのは、製造担当者の全員が名人になっていく“集団の名人化”だ。大量生産の技術は、実際に作りながら磨き上げることが重要。生産すればするほど、品質も作業効率も高まっていった。
商品カタログ。これを顧客へ季節ごとに送り、「送料無料キャンペーンなどで販売力の持続に努めている写真は、「2007冬」用。「ラスクの販売量は日本一という評価もいただいています」と熊谷社長が言う通り、今ではピーク時になると、1日にフランスパン2万本分のラスクを焼くという。このような大規模生産に移行しながらも、“集団の名人化”によって手作り感が失われていない。
シベールを全国区の企業に押し上げたのは、本業であったケーキでもパンでもなくラスクだった。「ラスクの無店舗事業を始めなかったら、平凡な地方企業のままだったかもしれない」と熊谷社長は振り返る。一方で、「ラスクの売り上げに多くを頼り過ぎている」とも。今後は、ラスクだけでなく、人気10商品の売り上げを全売り上げの10%台とするのが目標だ。そのためには、ラスク以外にも全国区となる新しいヒット商品を生み出さなければならない。上場後は、宮城県に洋菓子工場、大型売店、そば処などがある「シベール・ハーツランド」を開業、東京や大阪、富山、名古屋にも店舗を出した。洋菓子で全国的に認められる存在になりたいという熊谷社長の初心は、上場した今も変わらない。
【会社クレジット】
社 名シベール
所在地 山形県山形市蔵王松ケ丘2‐1‐3
電 話 023-689-1131
創 業 1966年10月
設 立 1970年10月
資本金 4億8835万円
事業内容 洋菓子の製造・販売、レストラン運営など
社員数 233人
売上高 44億2700万円(07年8月期)
文・斎宮真紀夫



